投句された中より、きらりと光る佳句を紹介して参ります。
暦のうえでは 古志片咲乃
お題の上の句と並べます。
次は終点です
暦のうえでは
先日、東急バスに乗っていると、車内アナウンスが、ライトハイク協会の理事でもある、林家たい平師匠でびっくりしました。今回のお題(上の句)は、そのたい平師匠からですが、もしかして、東急バスさんが頭にあったのかなと思いました。
つまり、「次は終点です」と聞くと、8割の方は「電車」をイメージされると思いますが、<バス>もあるということを、改めて気づいた次第です。この”少数派の視点”は、詩作にはとても大事です。
いつも思うことがあります。
慣れや固定観念が、詩作の邪魔になると。毎日のルーティンは感度を鈍らせます。それが日常であり、仕方ないことなのですが(だから人は旅に出る。旅に出ると詩情がくすぐられる)日常の中にも、必ず詩はあります。
今朝、空を見上げると、いかにも夏!という感じの入道雲が見えました。ああ、詩だなと。下を見れば、花も咲いていたかもしれません。
「当たり前を忘れる」
これはとても難しいですが、詩作にとって大事な秘訣です。
言い換えれば「子供の心になる」です。
子供の詩が胸を刺すのは、まだまだたくさんのことが、当たり前になっていないからです。
ですから・・・今回のお題「次は終点です」
よく聞くフレーズですね。当たり前になってしまってますね。
当たり前を疑ってみる。
これは当たり前ではないと。
そこから、詩作が始まります。
今回の古志片咲乃さんの下の句
暦のうえでは
こちらもよく聞くフレーズですね。当たり前になっている。
ところが、この当たり前になっている上下、2つのフレーズを結んだ途端、
当たり前ではなくなります。
つまり、詩になる。
私自身、この「暦のうえでは」は好きな詩句でした。
ええ。もう、詩句と言っていい。
旧暦と新暦では、1ヶ月ほどズレがあるので、
こんなに暑いのに、もう秋!?
と、感じます。
この「ズレ」が、当たり前を壊してくれるのです。
そして、この<言い訳がましい>のも好きです。
これを頭につければ、なんでも許されそうな雰囲気。
必殺のフレーズです。
次は終点です
暦のうえでは
あくまで、暦のうえでは終点なので、実は、終点ではないかもしれない。
1ヶ月先をいっている、終点かもしれない。
未来の終点なのかもしれません。


