Pick up 佳句

Pick up 佳句

投句された中より、きらりと光る佳句を紹介して参ります。

 

鏡の私と目配せす  北野椿

 

お題の上の句(英語)と並べます。

 

石鹸を泡立てる時

鏡の私と目配せす

 

ライトハイクを使った「言葉のあやとり」

ルールは、上の句と下の句の文字数を揃えること(日本語同士の場合)

ただ、それだけです。

 

そのルールは、まず、言葉を引き出すための仕掛けですが

(0から1を生み出すより、1から2を作るのが楽)

面白い作用も生み出します。

 

恐らく。

この文字数揃えのルールがなかったら、

作者の北野椿さんは以下のようにしたはず。

 

石鹸を泡立てる時

鏡の私と目配せする

 

「する」を文字数揃えのルールに則って「す」だけにしました。

古語的な使い方ですね。

当然、意味は通じます。

 

私は、詩をやっていて、つくづく良かったなと思う時があります。

それは、多少の文法が間違っていても、OKなところ。

ニュアンスが伝われば、それで大丈夫だから。

これが、法律用語などだったら、こうはいきません。

詩で使う言葉は、ファジーなところ、ゆるいところ、それが本当に大好きです。

 

逆説的ですが、

自由詩は、最も、言葉が自由でいられる場所です。

 

つまり。

母国語が異なる人とコミュニケーションをする場合。

今では、AI翻訳で、結構、うまく翻訳してくれますが

適当な訳でも、「詩であれば成立する

これが、詩の言葉の、素晴らしい力です。

 

文法的に間違っている。

それが何か?と、詩なら開き直って、言えるのです。

このことが、どれだけ、多言語コミュニケーション時に役に立つか。

 

詩であれば。

堂々と間違えていい。

心を伝えようとすることが大事。

単語と単語を結んだ言葉でいいじゃないですか。

厳格な文法はいらない。

 

言葉を知らない子供の言葉が、刺さる時があります。

レトリックはいらない。

心が伝われば、OK。

それが詩です。

 

石鹸を泡立てる時

鏡の私と目配せす

 

北野椿さんのこの作品は、私に刺さりました。

それは「す」だったからかもしれません。

 

石鹸を泡立てる場所は、

学校などの手洗い場か、家の洗面所か、お風呂か、それらのどこか。

この作品が描いているのは、おそらく洗面所。

静かな時間。

鼻歌も出ているかもしれません。

 

誰も見ていない。

誰にも見られていない。

 

そんな時、

ふと、自分と目があう。

素敵な時間です。


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