投句された中より、きらりと光る佳句を紹介して参ります。
Hey, can you hear me? Ayase
お題の上の句(英語)と並べます。
Why does the universe exist?
Hey, can you hear me?
Xの新機能で、自動的に母国語に翻訳されて表示されたのが以下です。
なぜ宇宙は存在するのか?
ねえ、聞こえる?
そもそも詩を<翻訳>するのは人間でも難しいわけですが、二行詩のような短い詩を翻訳するのはAIを持ってしても、とりわけ困難かと思います。(そのうち、サクッと美しく翻訳してしまう時代が来るかもしれませんが)
恐らく、作者である彩瀬さんは、「ねえ、聞こえる?」ではなく、「ねえ、聞いてる?」としたかったに違いありません。そこで修正して、上下、異なる言語(ユニバ結び)で最終形を提示します。
Why does the universe exist?
ねえ、聞いてる?
私は、さらに、この二行詩を以下に整書したいです。
Why does the universe exist?
・・・ねえ、聞いてる?
私が「自由詩」が好きなのは、改行・空行があること。
それに気づいたのは、実は、最近です。
それまで俳句でもなく、短歌でもなく、“なんとなく”自由詩が好きでした。
スペースは「宇宙」ですから、詩の中に宇宙を感じるのが好きなんだと、
最近、私は気づきました。
改行、空行は、私にとって、とても大事な要素。
それは「言葉」以上に、語るもの、感じさせるものだと思っています。
最近、「言語化」という言葉が流行っていて、私は、それが大嫌いです。
言葉で表すのは、AIでもできる。
言葉を超えて、表現しようとすることが、感じさせようとすることが、人間なのではないでしょうか。
そんな崇高であってほしいものが「言語化」といった瞬間、とても、安っぽいものになる気がするのです。言葉で言い表せてしまったのかと。言いおおせてしまったのかと。
そんなに簡単でしょうか。
人の心は。
芭蕉も「いい仰せて何かある」と言いました。
「すべてを言葉で説明し尽くして、何が残るのか」
言語化して、何が残るのでしょうか。
「私が」言葉にできなかったことを、よくぞ、「あなたは」言葉にしてくれたという喝采でしょうか。
でも、それは、「私」の言葉ではない。
言語化できなくてもいいのです。
「私」の心で感じていれば、それでよくて、
他人の言葉で言語化されて、そうそう、「私」はそれが言いたかったんだと感心する。
でも、それは、「私」の言葉ではない。
似ているかもしれないけれど、
でも、それは、「私」の言葉ではないのです。
うまく言語化できなくてもいいのです。
うまく言語化できないから人間なんです。
その試行錯誤が、詩なんです。
AIに、試行錯誤はありますか。
こう言えばよかった、ああ言えばよかった。
そんな後悔が、AIにはありますか。
それが、人間です。
そこに、詩があるんです。
・・・と、話が脱線してしまいました。
脱線するのも、人間らしくていいですね。
AIが、進化していけばいくほど、この、人間らしさに価値が出てきます。
ライトハイクのお題を、いつも、各種AIに作らせています。
詩っぽいものはたくさん出てきますが、人間っぽいものは全然出てきません。
後者が、本当の「詩」だといつも、感じています。
さて、佳句の話に戻りましょう。
ライトハイクは、日本語同士ですと<文字数揃え>というルールを設けています。これを活用して、上の句をお題として出して、下の句を毎月募っています。
これを「言葉のあやとり」と呼んでいます。
ただ、最終的には、違う言語同士でも結び合う、二行詩です。
これを、ユニバーサル結び、略して、「ユニバ結び」と言いたいです。
違う言語同士の場合は、語数揃えルールはありません。
単純に、1フレーズに1フレーズを結ぶ、二行詩。
AIのおかげで、どんな言語でも「大意」をすぐに読み取ることができるようになりました。この「大意」と「大意」を結ぶ、二行詩型となりたいのです。
ユニバ結びは、大意と大意を結んで、二行詩を生みだす。
そういう詩に、ライトハイクはなりたい。
これは日本独自の漫才の形「ボケとツッコミ」にとてもよく似ています。
同時に、これこそが、「本来の和」でもあります。
まず、上の句となる、1フレーズがある。
それに下の句となる、「私の」1フレーズを結ぶことで、「何か」が生まれる。
笑いが生まれるのが、漫才。
詩が生まれるのが、ライトハイク。
大きな意味では、笑いも、私は「詩」だと捉えています。
人の心を動かすものだから。
Why does the universe exist?
ねえ、聞いてる?
なぜ宇宙は存在するのか?(キリッ)
・・・
・・・
・・・
・・・・・・ねえ、聞いてる?
漫才みたいですね。
「みたい」っていうのは正確ではなくて、
漫才は、詩なのです。


