投句された中より、きらりと光る佳句を紹介して参ります。
レモンの香りだけが、まだ 鷹緒
お題の上の句と並べます。
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レモンの香りだけが、まだ
ライトハイクは自由詩です。
短歌でも、俳句でもない、自由詩の特徴はなんでしょう。
そのひとつは、改行があることです。
もちろん、短歌や俳句にも、改行する書き方がありますが(啄木は改行を好んだらしい)
和歌や連歌、連句の歴史を鑑みると、改行されないのが本来の形です。
改行は「詩」にとって、大きな意味があると考えています。
そこにスペースが広がるからです。
スペースは「宇宙」
俳句にも改行こそありませんが、宇宙があります。
それは「切れ」と呼ばれます。
「切れ」は、普段、俳句をされない人たちには分かりにくいものです。
ここで切れているといわれても、ピンときません。
その判断のために「切れ字」があるわけですが、芭蕉は、四十八字すべてが切れ字と言っていますので、どこで切れるか、本当に分かりづらいものです。
ライトハイクの二行詩の形は、その「宇宙」を分かりやすく明示するものです。一行目(上の句)にひとつの世界、宇宙が広がっています。そして二行目(下の句)に、新たな世界、宇宙を作って、それを結ぶ。並行して存在する異なる世界を、ひとつにする(和)そのビッグバンで、「詩」が生まれます。(Parallel Uni-verse)
ライトハイクは、誰の目にも、宇宙と和を、明確に捉えていただくための形と考えています。
さて、自由詩(特に日本語の場合)を考えるときに、改行ともうひとつの問題があります。
句読点問題。
点「、」と丸「。」です。
いつからか、日本語で書かれる詩には「、」と「。」が書かれないものが、多数派になりました。ここにも、散文・文章と明確に分けるためという意識が働いているものと思われますが、これを書いている私もかつては「詩には句読点はつけないもの」と考えていました。それが、詩の様式美と感じていたからです。
でも、正しくは「詩には句読点はつけてもいいし、つけなくてもいい」というのが、本来の「自由詩」です。
つけたかったら、つける。つけないほうが好きだなって思ったら、つけない。ただ、それだけのことなのです。
今回の佳句、点「、」がついていますね。そして、それがとても、いい。
ここに、空白(ブランク)を入れる書き方もあります。
だけど、絶対、点「、」がいいですね。
ライトハイクのルールの中で、このポエジーを表現する最適解だと思います。
ライトハイクは、詩の種です。
ライトハイクから飛びして、種が花となる時、
それはライト・ヴァース(明るい自由詩)となります。
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まだ
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