2025年8月21日(木)無印良品銀座6階の特設会場で、第一回「結ぶ言葉 ライトハイク」を実施しました。小学校・中学校で子供たちに詩を教える「ライトハイク教室」、高齢者さんに認知トレーニングとして実施する「ライトハイク講座」を実施して参りましたが、一般向けの有料イベントとしては初の会となります。
今回のイベントはそのままこちらの公式サイトと同じ名称「結ぶ言葉 ライトハイク」というイベント名で実施しましたが、私(代表理事)の中では「俳会(はいかい)」と呼んでいます。ライトハイク教室もライトハイク講座も全て「俳会」です。
俳会は、世代も国籍も問わない、皆がハンデなく、一緒に楽しめる会です。
ライトハイクは自由詩です。よく、自由詩なのになぜ「ハイク」という名前が入っているのかという質問をいただきます。確かに(ライトハイクを)正確に表現するなら、ライトポエムや、ライトヴァースと言えると思います。事実、私(代表理事)はライトハイクは、ライトヴァースの一種だと考えていますが、なぜ「ハイク」なのか。
それは
俳
を大事にしているからです。ライトハイクの大看板です。(もうひとつは「和」)
俳句は、俳諧における発句がいつからか俳句と呼ばれるようになったものですが、読んで字のごとく「俳のあるフレーズ(俳句)」です。よく俳句は、とりわけ海外からは「侘び・寂び」を表現する文芸と思われがちですが、名は体を表す。ワビでもサビでもなく、ハイを表現するものでないとおかしいのではないかと考えています。
僭越ではありますが、ちゃんと「俳」を掲げた文芸になるべく、ライトハイクと名付けました。ハイクと謳ったことで、よく、俳句なのに575でないのはどうかという指摘をいただきます。ライトヴァースと呼んでいれば、この問題もなかったのかもしれませんが、そういうことがあったとしても、私は「俳」を入れたかったのです。
「俳」は、明るい詩の真髄だと考えるからです。
その「俳」を皆で楽しむ会。
ですから、「俳会」です。
けして、詩句を詠み合う、句会ではありません。
ライトハイクの会は、どこでやっても、誰とやっても、俳会でありたいと思っています。
さて、無印良品さんでの俳会は、とても光栄なものと感じております。
勝手ながら、2つの共通点を感じているからです。
・省き、簡素化することで魅力を創ること。(シンプル)
・「役に立つ」こと。
ライトハイクも、とことん簡素化して(日本文化ではこれを「やつし」と言います)さすがに俳句(575)で終わりだろうと思われていたこの国の短詩を、その先へと持ってきたものです。変なことを言いますが、究極の詩は
空
海
を二行に並べたものだと考えています。さすが空海ですね。名前が究極の詩ですから。縦に並べるとよく分かります。さすがに一字では、詩にはなれません。一字と一字を並べて結んで、そこに初めて詩が誕生します。海外の言語では、1単語と1単語を並べる。ここまで、シンプルにすることができると考えています。(そして、さすがにこれ以上は削ぎ落とせません)
私はただ明るい詩が好きでそれを広げていきたいと思ったわけですが、この究極のシンプル詩型がゆえに、それが子供たちに詩を教えるツール、そして、高齢者には認知トレーニングになるものになりました。はたまた、一般の人にとっては、あまり仲良くない人と相対した気まずい空気の時の話かけるきっかけや、仲良い人たちとの暇つぶし、余興にもなります。
シーンとしてしまった時、「あの・・・ライトハイクって知ってますか?」
ライトハイク、しませんか。
あそこに、「すぱじろう」という看板がありますね。あれ、5文字です。
5文字で、この言葉に結んでみませんか?
私ならですね・・・「太郎はどこ」ですかね。
そうやって、世のため、人のために「役に立つ」ものになれると信じています。
前置きが長くなりましたが、無印さんでの俳会。この場所でやる意義を感じながら、第一回「結ぶ言葉 ライトハイク」を実施しました。
記念すべき初回のゲストは、落語家の林家咲太朗さん。弊会理事、林家たい平師匠のお弟子さんであり、息子さんです。ライトハイクは結ぶものなので、親×子、師匠×弟子、の二重結びである咲太朗さんは、お迎えするにふさわしいゲストさんです。
ちなみに、咲太朗さんに「もしかして、お名前は萩原朔太郎からきているんですか?」と聞くと、それは無いとおっしゃっていました。でも、たい平師匠の中でその音「さくたろう」が偉大な詩人と共通するところは心の片隅にあったのではないかと思っています。そして、そのお名前に「咲」と「朗」が入っています。どちらも「明るい」や「笑」に結ばれる文字です。その名の通り、林家咲太朗さんは、天性の明るさを持った素敵な噺家さんです。
会の初めに、まずは頭のストレッチとして、「語釈クイズ」を3題ほど出しました。辞書の語釈(意味)を言って、なんという「言葉」なのかを当ててもらうクイズです。
その中の一題。
今まで無かった新しい状態を作って、破られないようにする。(新明解国語辞典 第八版)
答えは「結ぶ」です。
結ぶ言葉は、まさに、お題(上の句)に自分の言葉を結んで、今まで無かった新しい「詩」を作るものなのです。
そしていよいよ、参加者さんに実作をいただきました。時間は公式ルールの【5分】これが長くもなく、短くもない創作時間なのです。時間をかけたからと言って、良いものが出てくるとは限りません。本当に良いものは、実は0.3秒くらいで出てくるものです(なかなか出ませんが、お題によっていつか出る時が皆さんにも必ずあります)
最初のお題は、68題収められている小冊子「結ぶ言葉 ライトハイク」から、その一番最初に出てくる
雨の遊園地は
です。おそらく皆さん、人生初のライトハイクなので、多少の戸惑いがあったかと思いますが、今回参加いただいた皆さんは、素敵な言葉のセンスをお持ちの方が多数いらっしゃって、良い作品がたくさん出てきました。上の句と並べていくつか紹介します。
雨の遊園地は
晴れた笑顔で
雨の遊園地は
静かにロンド
雨の遊園地は
シャンデリア
雨の遊園地は
光のしずけさ
光の静けさ・・・すごいですね。光には「音」がない。そこに静けさと表現するのは、できるようでできないことです。これは、もう、芭蕉です。
続いてのお題は、咲太朗さんから出題いただきました。
いつだか貰った
私はこの「お題」を見て、唸りました。いいんです。このお題。何がいいか。人間にしかうまく結べないお題だからです。先の「雨の遊園地は」は生成AIに問いかけると、それなりの詩っぽい言葉が、たくさん出てきます。そのフレーズ自体に情感があり詩的なものなので、数多のコピーライターや作家が使ってきた蓄積も多く、そこから引っ張ってくるので当たり前です。でも、この「いつだか貰った」は、AIではなかなか良い結ぶ言葉は出てきません。なぜなら、これまでほとんど詩句として扱われてこなかったフレーズだからです。人間にしか結べない(今まで無かった新しい状態を作って、破られないようにする)お題です。
こちらも佳句をいくつかご紹介します。
いつだか貰った
座席を譲る勇気
いつだか貰った
糸のネックレス
いつだか貰った
地味なハンカチ
いつだか貰った
あめ玉の包み紙
「あめ玉の包み紙」いいですね。だって、あめ玉は無いんです。包み紙だけがある。いつだか貰ったのは、あめ玉。でも、今手元にあるのは、包み紙だけ。何ですかこの時空を超えた余韻の深さ。また、芭蕉です。
最後は、皆さんの言葉を結んで詩を編みあげる、私も大好きな「三つ編み」をやりました。
最初に起句となるフレーズ(お題)を出して、それに結ぶ言葉を皆さんに出してもらう。その中から、皆さんの総意で1フレーズを選び、次はそれをお題にします。これを3回繰り返すと、起句から始まる四行詩が生まれます。
起句は、無印さんでの会ですので、現在、無印さんの広告コピーとして使われている、このフレーズ。
水や空気のように
このフレーズに結ぶ「8文字」を皆さんに出してもらいました。その中で私が好きだったのが「おやくにたちたい」
水や空気のように
おやくにたちたい
何でこんなに気になるのだろう・・・と思っていたら、後から得心しました。先に紹介したように無印さんは「役に立つ」を大戦略として掲げているので、まさに、「水や空気のように」というのが イコール無印良品であり、その答えが「おやくにたちたい」なんですね。このように、ライトハイクは「笑わせなくていい大喜利」(もちろん、笑わせてもいいです)でもあります。見事な回答。ただ、皆さんの総意で選ばれたフレーズはこれではありません。
水や空気のように
なるよと言った夫
面白いですね。しかも単純ではない。水や空気のようにというのは「必要な存在」でありながら「普段は特に気にされない」ものでもあります。この機微が実にいい。AIにはまだ分からないでしょう。そして、この「なるよと言った夫」を次のお題にします。この時、最初の起句は一旦、忘れるのがポイントです。あくまで目の前にある「なるよと言った夫」のみを見て、そこに結ぶ言葉を編む。そこで出てきた(そして総意で選ばれた)のが意外な一句。
なるよと言った夫
あった、私の携帯
目の前だけを見る三つ編みルールだから出てきたフレーズ。最初の起句を意識していてはここには飛べません。この飛躍が詩を生み出す原動力でもあります。作者さんは何と「なるよ」というのを「鳴るよ」とあえて解釈して、言葉を結んだのです。確かに、上の二行だけを音で聞けば、平仮名の「なるよ」は「鳴るよ」になります。この知ってるくせに、わざと違う選択をすること、それ自体が、詩作だと感じます。
「あった、私の携帯」が三つ編み最後のお題になりました。ここで、最終的に私と咲太朗さんで、ふたりの作者さんによる、ふたつのフレーズが選出されました。
まだガラケーなの
と
ありふれた日常に
です。
最終的に皆さんの総意で「まだガラケーなの」が選ばれ、そこで以下の四行詩が生まれました。
水や空気のように
なるよと言った夫
あった、私の携帯
まだガラケーなの
ここで、今夜のハイライト。この、今、ここに集まった皆さんで編み上げた、できたばかりの四行詩を、咲太朗さんに「小噺」にして演じてもらう時間です。言葉だけで編み上げられたものから、それを立体的にしてもらう、噺家さんならではの技です。咲太朗さんは普段、新作落語をされる落語家さんでは無いので、かなり苦労されたご様子でしたが、簡易的に拵えた高座で、皆さんを前に見事に口演されました。
冒頭の開口一番からすごかったです。
「あなた、水や空気のようになるって言ったけど、結局、どっちになったの?」
爆笑してしまいました。
そこかあ(笑)そこは、思いもよらなかった!
たくさんの人が、たくさんの視点を持っている。
みんな違って、みんないい。
そういうことを、私自身、本当に楽しめた会になりました。
当日、ご参加いただいた皆さん、無印スタッフの皆さん、
そして、咲太朗さん、素敵な夜をありがとうございました!
最後に。
生成AIは確かにすごいです。でも、今夜生まれた詩は、AIには作れない。人間だから結べた詩。それを改めて感じました。スマートで綺麗な詩では無いかもしれない。でも、人間らしくていいじゃないですか。人間だもの。
最後に残って、最終的に選ばれなかった「ありふれた日常に」というフレーズですが、こちらをいただいて、改めて結んでみます。
今まで無かった新しい状態を作って、破られないように、ギュッと結びます。
水や空気のように
なるよと言った夫
あった、私の携帯
まだガラケーなの
水や空気のように
ありふれた日常に