1.「ライトハイク」とは
スマホが一人一台の時代となり、かつて連歌・俳諧でおこなわれた「座の文芸」が世界規模で簡単におこなえる環境が整いました。さらには自動翻訳機能の進化により、手の中で瞬時に多言語に変換できます。チャット・アプリやSNSで日々行われている短い言葉のやりとりの中から常に「詩」は生まれます。
例えば
というつぶやきが、誰かからされたとします。
ライトハイクは、これを上の句と見立てて、下の句を別の誰かが付けるという古来より日本で楽しまれてきた問答(会話)形式を用います。
ただし、唯一のルールがあります。
それは、上の句と同じ文字数(アルファベットなど音素文字の外国語では単語数)にすること。季語や定型(5・7・5)等のルールはない自由詩ですが、ただひとつだけ、上と下、音数ではなく語数を揃える
ルールを用います。このことで、定型 575 の俳句のように器にいれる言葉を選ぶ意識が生まれます。
結びの例として
となります。 AIではなく人間同士が言葉を交わして詠む形からは、明るさ、軽みが自然に生まれます。これが、ライトハイクの醍醐味である「俳」の手軽な表現手段となります。同時に、575からの解放は、多言語変換を容易にします。詩ですから正確な文法に則して訳す必要はありません。なんとなくでも、伝わればいいのです。英語を含めた音素文字言語の場合は【単語数】を合わせるルールを用います。このことで外国語でも、定められた器にいれる言葉を”選ぶ”感覚が得られます。
(英語訳: 上と下、6単語で揃えます)
Have been too excited to sleep
The bedroom is a sheep farm
この上下語数を揃えた二行詩が、ライトハイクです。
2.Parallel uni-verse(パラレル・ユニヴァース)
このライトハイクの二行詩の形を「Parallel uni-verse(パラレル・ユニヴァース)」と名付けました。パラレル・ユニヴァースとは、いわゆるパラレル・ワールドと同義であり、この言葉の中に、詩作の極意が隠されていたのです。 並行した似て非なる世界を構成するVERSE(詩句)をUNI(ひとつに)する。これが詩のいちばんシンプルな構造であり、この大発見が、短詩系文芸の新たな世界線を切り拓くと信じています。
日本文化は「やつし」の文化と言われています。「やつし」とは文物をひろく当世風にアレンジしたり、省略・縮小すること。和歌・連歌を「やつし」たのが俳諧。そして、その俳諧を「やつし」たのが俳句・川柳です。グローバル時代を迎えた今、これで終わりではなく、俳句・川柳を「やつし」たのが、ライトハイクです。 ただし、ライトハイクは俳句、川柳、短歌等の既存の短詩系文芸に取って代わるものではありません。それら短詩系文芸と常に並行して楽しむもので、その手軽さから、この豊かな世界に訪ねてもらう入り口でありたいと願っています。
江戸中期に「万句合(まんくあわせ)」という興業が庶民の間で爆発的に流行りました。俳諧を応用したもので7・7のお題を出して、5・7・5を募る「前句付(まえくづけ)」と呼ばれるものです。これが今でいう川柳の原型となり、同時期には和歌の中に滑稽を盛り込む狂歌も流行りました。
昭和のはじめには、高浜虚子が「俳諧詩」という名称で<俳諧味を持つ自由詩>を提唱しましたが戦争の影響もあり1944年以降作られていません。 80年代には、歌壇を中心として「ライト・ヴァース」が紹介されました。特別な事柄ではなく、なんでもない日常を平易な言葉で綴る「俳」に通じるものですが、それら明るい詩の存在は、まだまだ世界に知られていません。
もともと俳諧、そこから生まれた俳句、川柳は日本が世界に誇る「ライト・ヴァース」です。
古きをたずねて、改めて「俳」を掲げた、新しい「ライト・ヴァース」を世界に紹介して参ります。
3.「ライトハイク」発祥の地 今治
愛媛県松山市が俳句の都と呼ばれるようになったのは、松山藩四代藩主・松平定直が俳諧好きで、芭蕉の弟子である其角に師事したことが発端です。お殿様が俳諧好きということでその家臣にも伝播して、俳諧好きな藩風が出来上がりました。その流れの中で後に子規や虚子が輩出されたと言えます。この定直は松山のお隣、今治藩二代藩主・松平定時の実子でした。
さらに時代を振り返れば、かの村上海賊も詠んだ記録が残る、大山祇神社「法楽連歌」が国の重要文化財として、今治・大三島に遺っています。知識階級の武家や僧侶だけではなく庶民も詠んだ記録があり、<誰かが詠んで、それに誰かがこたえる>という詩形が、かつてこの地で確かに行われていたことが分かります。
松山藩と今治藩の血縁関係のように、俳句の都、松山の隣・今治こそが、「俳(HAI)」を世界に発信するに相応しい場所と考えます。ふたつをUNI(ひとつに)することで、かつて庶民を虜にした、俳諧・雑俳のポエジーが現代に蘇ることでしょう。
そのような地理的・歴史的背景を鑑み、2022年夏、今治西高伯方分校「総合的な探究の時間」で行われた授業の中で、初めて「ライトハイク」の実作が行われました。
という上の句を提示し、生徒さんには上の句と同じ<8文字>という条件で、下の句を付けてもらいました。いろいろな楽しい付け句が出てくる中で
という秀逸な下の句が付けられ、以下のライトハイクが生まれました。
今後、世界で100年、200年続く文芸、文化になることを願うライトハイクの記念すべき、ふたりで言葉を結んで作られた最初の作品です。
4.世界詩「Linku(リンク)」
詩を音から解放して、「俳(HAI)」を掲げ、会話形式で言葉を結ぶライトハイクは、世界中の誰もが気軽に参加できる短詩系文芸です。
今から約20年前の1999年、松山に著名な俳人・詩人が集まり【松山宣言】がなされました。「詩を万人の手の中に取り戻そう」という主旨でしたが、残念ながら詩は未だ身近なものにはなっていません。ここで改めて、万人の手の中(スマホ)に詩を取り戻します。
ライトハイクは、その壮大な夢の序章です。
名人上手の噺家さんの芸を評して使われる言葉で「軽妙洒脱(けいみょうしゃだつ)」があります。そこに、人の心をくすぐる「俳」を生み出すヒントがあります。
軽妙とは、平明軽快な話しぶりの中にも「うまみ」があること。洒脱とは、俗気がないこと。
つまらない平凡から脱することです。たしかに名人は、その言葉の持つ力のみで、日常から異世界へと誘ってくれます。
ライトハイクでその技を磨いていけば、ゆくゆくは国籍や言語を超えて、ひとつの詩を編んでいくことができると信じています。
世界詩のイメージ例があります。
教科書などで見たことがある、いろいろな言語での「ありがとう」
ありがとう | 日本語 |
감사합니다 | 韓国語 |
谢谢 | 中国語 |
Thank you | 英語 |
شُكْرًا | アラビア語 |
Merci | フランス語 |
धन्यवाद। | ヒンディー語 |
Дякую | ウクライナ語 |
語数を揃えるルールも取り払い、自国語で一行ずつ「俳(HAI)」を結んでいく明るい詩。
そんな世界詩「Linku(リンク)」を結べる日が来れば、 世界は今よりすこし明るくなるはずです。